グルメ

「田舎めしや寺坂」の美味しいお米の話

宮城県登米町(とよままち)から車で約15分。国道342号線を北に向かって走り、T字路の手前で左に曲がると、白いゲートが見えてきます。ゲートに「冷めてもおいしいササニシキ 田舎めしや寺坂」の文字を確認しながら通り抜けると、山間に1軒の民家。一般のお宅かな……と思って引き返さないで。茶色ののれんに「寺坂」の文字がはためいています。

引き戸を開けて中に入ると、手前には囲炉裏が。縁側からの日差しが暖かく、田舎の親戚の家に帰ってきたかのような懐かしい雰囲気です。店内では、常連さんをはじめ、お客さんがそれぞれの席でゆったりとくつろいでいます。

自慢のおにぎり定食

美味しいササニシキを食べられるお店として地域で愛される「田舎めしや寺坂」では、炊きたてのササニシキと素朴なおかずが楽しめる定食メニューが揃っています。一番人気は「おにぎり定食」。大人の女性の握りこぶし大の大きさのササニシキのおにぎりは、のりと味噌の2種類。のりの方には、採れたてのふきのとうを使った自家製ばっけ味噌が入っていました。登米の郷土料理「はっと汁」にサラダとお漬物、季節の小鉢もついてボリューム満点です。

おにぎりは、ササニシキらしくお米一粒一粒がしっかり感じられる

息を吹き返した民家

「元々ここは、30年近く使われていなかった空き家でした」そう教えてくれたのは「田舎めしや寺坂」のオーナーで、ササニシキ生産農家の及川和芳さん。知人から譲り受けた荒れた家を手を入れてきれいにし、新たに囲炉裏も作り生き返らせました。せっかくなら自分の作ったお米をより多くの人に食べてもらえる場所にしたい、と6年前にはじめたのがこのお店。

「そうは言っても料理の仕事をしてきたわけではないので、どうしたものかと頭を悩ませました。そこで、隣に住んでいたお母さんに手伝ってもらうことに。お店のメニューは全てそのお母さんに考えてもらい、作ってもらっています。」寺坂の料理のどことなく郷愁を誘う“おふくろの味”がする理由は、ここにありました。

米づくり 50年のあゆみ

ササニシキを作って50年。及川さんは今年で御歳85歳。しゃきっとした姿勢に歯切れの良い口調で、お米づくりに懸ける情熱を語ってくれました。

「父の生まれ故郷だったここ、浅水に疎開してきたのが1945年。自宅で食べる分だけでしたがお米を作っていたので、小学生の頃から農作業は手伝っていました。高校に入ってからは、学校に行く前と帰ってきた後、農作業を手伝っていた上、学校と家の往復12kmの道のりを歩いて通っていたので毎日くたくた。勉強する暇がなかったのでテストはいつも赤点でした。それでも、友人と一緒にいる時間はとても楽しかったですね。」

高校卒業後は一度東京で就職するも、1年半で地元に戻ってきた及川さん。子どもの頃から手伝っていた農業で役に立ちたいと、地元の農協に就職を試みます。

「農協講習所を卒業するという条件があったので、なんとか卒業して就職に漕ぎ着けました。農業で役に立つという大志を抱いて飛び込んだのですが、当時は、賃金の安さや働いている人のモチベーションの低さを突きつけられました。今ではそういった事は改善されていますが、当時は無かった労働組合を作ったり、勉強する機会を増やしたりと、尽力してきました。」

「自分が誰よりも農業のために出来ることをやってきた」という自信があったから頑張れた、と当時を振り返る及川さん。それはササニシキ作りにも通じています。

登米のササニシキがうまい理由

2020年現在、ササニシキの作付面積はわずか6.2パーセント。その内の全てが流通しているわけではなく、実際に一般家庭で食べられている割合はもっと低いのが現状です。

貴重なお米といっていいササニシキの中でも、及川さんのつくるお米の群を抜いた美味しさを誇る理由、それは、浅水の土壌にあるといいます。

「昔から浅水で作ったお米は美味しい。北上川がすぐそばを流れる水気を多く含んだ土壌と、山間の豊かな自然環境が理由のひとつだと思います。」

生涯百笑の心意気

炊きたてはもちろん、冷めてからも美味しい及川さんの作るササニシキ。50年間、お米づくりに情熱を注いできた及川さんのプライドと愛情が詰まったお米です。店内に飾られた全国各地の及川さんのお米のファンの方々のお手紙からも、その人気ぶりが伺えます。

「今日も朝5時はお店に入ってお米を研ぎました。いつも来てくださる地元の方も、遠くからきてくれる方もありがたいですね。こうしてお客さんが来る間は続けたい。お米も体が動くうちは作り続けたい。そうやって、生涯百笑(百姓)でいたいです。」

田舎めしや寺坂

〒987-0611宮城県登米市中田町浅水長谷山34

電話番号 0220-44-4251

営業時間11:00~14:00

定休日 日曜日