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音を体験する異空間 「JAZZ SPOT ELVIN」
登米市迫町。佐沼の町の中心部にある、水色のこじんまりとした一軒家。
窓に書かれた「ミートショップあんどう」の文字から、お肉屋さんを営んでいることがわかりますが、それにしても手前のサーフボードが気になります。
生い茂った植え込みに近寄ってみると……
コカ・コーラのロゴ入りの照明看板に、「JAZZ SPOT ELVIN」の文字を見つけました。よく見るとサーフボードと一緒に、いぶし銀色のトランペットが木々にカモフラージュするかのように飾られています。
さて、「ジャズ喫茶」に訪れたことがない方は、どのようなイメージをお持ちでしょうか。ジャズを聴かないから行かない、敷居が高そう、小難しそう……いろんなイメージがおありだと思います。
「JAZZ SPOT ELVIN」は、1986年開業の今年で34年目の老舗のジャズ喫茶。店名は、伝説のジャズドラマー故エルビン・ジョーンズ氏直々に命名を許されたといいます。
ジャズ喫茶好きの人にとって、全国各地のお店を巡るのが一つの楽しみであったりしますが、このお店も例に漏れず、全国からお客さんがやってくる名店です。
何をもって「名店」というのか、食堂、バー、レストランそれぞれのジャンルで定義は変わってくるもの。ジャズ喫茶が好きでよく行かれる方も、未知の領域の方も、「JAZZ SPOT ELVIN」が「名店」たる所以を、解き明かしにいきましょう。
ところでこのお店、入り口はというと、どうやら家の脇の赤いひさしのついたドアのようです。
ひっそりと営業中の札が
意を決して、扉をあけます。
異空間へようこそ
外側のドアを開け、内扉を開くと、思わず息を飲みました。
明かりを最小まで絞った暗さはまるで洞穴の様。天井まで続く壁には、ポスターや雑貨、写真、大漁旗まで所狭しと飾られていて、秘密基地のような雰囲気。
ソファ席がいくつかお店の奥を向いて並んでいて、その奥には大人の背丈ほどの大きなスピーカーが鎮座しています。
外側の可愛らしい水色の外観からは、全く想像もできない異空間です。
この異空間秘密基地のドン、失礼、「JAZZ SPOT ELVIN」のマスターがこの方。
カルロス・アンドーネ氏です。
「スペイン生まれで、メキシコに3年ほどいて佐沼に来たんだ。……ってお客さんには言ってるんだ。本気にしてる人が結構いるんだよね。」
一見気難しそうに見えて、冗談を言って笑わせてくれたカルロス氏改め安藤さんは、佐沼のご出身。30代の時にお店を開きました。
「1980年代から既に古川、石巻、仙台にジャズ喫茶はいっぱいあった。佐沼にもあったんだけど、5年くらいでなくなってしまって。それで佐沼にもなきゃなんねえかな〜と思って店を開いたんだ。
東北には有名なジャズ喫茶がいっぱいある。山形は『OCTET』、一関は『BASIE』、釜石は『Town Hall』とあって、それぞれと交流があるんだ。」
ジャズっていい加減?
安藤さんのジャズとの接点は、高校時代。
「10代の頃は、ビートルズ全盛期。石原裕次郎とか小林章なんかも聴いていた頃、ある時兄貴がウェストサイド物語を演奏しているジャズのレコードを買ってきて聴いたんだけど、何やってるか分かんなかった。ジャズのようにアドリブでピアノとかドラムが順番に演奏したりするのは、普段聴いているロックにはない。はっきり言って、ジャズっていい加減だなって思ってたね。」
東京で過ごした安藤さんの20代は、グループサウンズが大流行。グループサウンズが下火になった後は、車、ステレオと、若い世代は流行にあわせて夢中になっていたといいます。安藤さんもその一人です。
「高い車はみんな持ってるけど、オーディオは持ってないと思ってさ(笑)。1971年あたりに一関の『BASIE』に行って、そこのスピーカーを見てこのくらいのスピーカーなら俺も作れるかな〜と思って、オーディオにはまっていった。『BASIE』でかかってたジャズのレコードのジャケットを見てうちでも買って。当時はコルトレーン(ジョン・コルトレーン/アメリカのサックスプレイヤー。20世紀のジャズの巨匠の一人)のレコードだったかな?まだその頃はジャズも詳しくなくって。」
一関の「BASIE」といえば、ジャズ喫茶の聖地といえる名店。マスターの菅原さん渾身のスピーカーの音を求めて、全国からお客さんが絶えません。
そんな菅原さんと「BASIE」をとりあげたドキュメンタリー映画『ジャズ喫茶ベイシーSwiftyの譚詩(Ballad)』が9月18日から全国ロードショーですが、その映画に安藤さんも登場するようで、菅原さんとの親交の深さが伺えます。
50年のオーディオの真価
「JAZZ SPOT ELVIN」のお客さんもオーディオ好きの方が多いそうですが、お店のスピーカーは、宮城県沖地震以前に作ったもので50年を共にしているそう。
「ステレオや蓄音機、LPなんてほとんど買えなくて、もっと大きい音で聴きたいなと思ったら、自分でアンプ作ったり、スピーカー作ったりしてきた。」
スピーカーは鳴らせば鳴らすほどいい音になっていくといいますよね、と水を向けると、そんなの嘘だ、と笑いながら一蹴する安藤さん。
「最初から調整次第。だって可愛い人は昔から可愛いし、人並みのひとはずっと人並み。まぁ調整も、なんだりかんだり経験しないとわからないことだけど、旭川、四国、長崎辺りからもわざわざ来る人を感動させて帰さなきゃいけないからね。」
そんな安藤さんの「調整」したスピーカーの音はいかに。
「うちも爆音で鳴らす時もあるけど、みんなびっくりすっから鳴らせねんだ。普段そんなの聞いたりすることがないから、生音がどういうものなのか分かんないよね。」
そう言って部屋の奥へ引っ込むと、レコードを取り出してかけてくれました。
まずは、スタンダードジャズの名盤THE OSCAR PETERSON TRIOの『WE GET REQUESTS』。
ずんと響くベースの音と軽やかに響くオスカーピーターソンのピアノ。鍵盤を叩く音まで聞こえてくるほど、繊細に音の粒が立って聴こえて来ます。
続いては、DEEP PURPLEの『LIVE IN JAPAN』。え、ジャズではない気が……
「うちはジャズ以外もかけるの。びっくりすっぞ。」
突如、割れる様な歓声に包まれ、激しいギターとドラムが目の前で刻み出しました。そしてイアンギランのハイトーンで再び会場が熱狂。一気に、大ホールにワープした感覚です。
畳み掛ける様に安藤さんは環境音が収録されたレコードをかけはじめました。
徐々に近づいて来る音大音量の汽笛、SL蒸気機関車です。目の前に迫り来る様な音のうねりに、恐怖を覚えるほど。
想像以上の音のすごさにこちらが唖然とする中、安藤さんはどこかご満悦な表情。
「レコードを作れるミュージシャンはピラミットの頂点の人たちだけ。だから何かけても良いわけ。ちゃんと活かしきれないのは再生装置の調整が悪いの。」
飄々と話す安藤さんですが、きっとその陰には緻密な調整があるはずです。
ジャズ以外も豊富な幅広いジャンルのレコードは、なんと1万枚以上!
お客さんが好きな曲をかけてほしいとマスターにリクエストできるお店も多い中、ここではリクエストは受けないそう。
「だってレコードどこにあるか分かんないんだもん(笑)」
強要はしない
1970年代の若者を魅了し、朝まで音に耳を傾け、熱く語らう社交場であったジャズ喫茶。「JAZZ SPOT ELVIN」も、東日本大震災以前は朝まで営業しており、数々の著名なミュージシャンのライブも行ってきたといいます。
「30代ではじめた店、お客さんもお店と一緒に年をとってる感じだね。若い人には強要はしない。勝手に来いや、くらい。興味あれば自分から来ると思うし、こちらから言っても嫌がるだけ。わかる人だけがくればいい。ま、何にもわけ分かんなくて来てもいいんだけどね。」
滞在時間約1時間半、「JAZZ SPOT ELVIN」は、ジャズを聴く場所というよりかは、音そのものを体験する場所。そしてそこには、安藤さんが本物の音を鳴らしたいという想いと、これまでにお店を通して広がった人の輪やミュージシャンの息遣いが感じられました。
カフェや喫茶店を想像して訪れると意表を突かれるこのお店、珈琲淹れるの面倒臭いらしいよ、って書いてくださいね、とお茶目に笑う安藤さん、淹れてくださった美味しいコーヒーは自家焙煎でした。
JAZZ SPOT ELVIN
宮城県登米市迫町佐沼江合1丁目10−5
電話 0220-22-8793
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