登米に暮らす

夏についてのよもやま話~登米地方の手仕事 自産自消を楽しむTome暮らし⑬~

Studio.K先生の連載第13回!

 

<真夏の思い出といえば…>

私事で恐縮ですが、私たち世代の成人式(成人年齢の改正で昨今は「二十歳の集い」などという名称ですが)といえば、8月15日を中心とする真夏の式が定番。

世人の曰く、「参加者の装いの簡素化で、対象者や家庭の負担軽減」や「夏期休暇を活用しての帰省の容易さ」、「降雪や積雪の影響を回避」などが夏に開催する理由だったような。

真夏の式は、昭和50年代の初めごろには北海道・東北地方の各自治体で広く採用。

男性はサマースーツが半分、上着無しのワイシャツにネクタイが半分くらいか。

女性は浴衣の方がいたものの、サマースーツかワンピースがほとんどだったイメージ。

ただし、夏季への移行から20年ほど経過した平成8年あたりには、一斉に成人の日(当時は1月15日に固定された祝日)を中心とする冬季開催に戻ることに。

それからの装いは、男性はスーツがほとんどではあるものの、着物姿も毎年一定数はみられるようで、女性は99%が振袖のような傾向かと。

私も大学2年の8月15日、サマースーツ&ネクタイで出席。

冷房設備の無い公共施設が会場でも、暑さに耐えていたという意識は記憶にない。

これまでの年月で、どれだけ温暖化が進んだのかと思うばかり。

【昔も今も、北斗七星は探しやすくて身近な星座】

<夏は暑い…といっても>

これまでの過ぎ越し方を振り返れば、30代までは昨今のように「6月くらいから冷房設備が必須」レベルの猛暑には至っていなかった記憶が。

もっと前、少年期の頃の夏休みの時期であれば、扇風機1台で家族がしのげていたはず。

日中は暑いと感じる日でも、夕暮れから少しずつ暑気が和らぎ、のんびり宵空に目を向けていたりできたもの。降雨時の湿度の高い日くらいは、少し大変と感じる程度だったような。

撮影当時は、浴衣での紫陽花巡りも涼やかで~2007年7月7日撮影(登米市石越町南郷字高森地内)~

 

<記憶の中での夏らしい「食」~ウリ~>

夏の「食」で楽しみだったことといえば、遠い記憶の中ではウリとトウモロコシと枝豆など。

暑い日、熟れぐあいを確かめつつ収穫したウリを目籠(めかご・竹で編んだ目の粗いカゴ)に入れ、井戸の中に(井戸水にはつけてしまわないように)ぶら下げておくと、夕方にはそれなりに冷えた状態に。

「メロン」といえば「プリンスメロン」だった少年期、甘さがほんのり・中身はパリっと硬めのウリの食感は、やわらかく熟した「プリンスメロン」よりも、自分的にはとても好みにマッチして。

【今シーズンのウリ、ツルも実もなかなかに伸び悩み】

 

<記憶の中での夏らしい「食」~トウモロコシ~>

冷やして食べるのがウリなら、暑い時期に熱いままで食べるのが特に美味しいトウモロコシ。

畑からの採りたてを茹で上げ、適温になるのを待って食べていく。

少年期なら1本で十分。

されど、いつのころからか、畑にタヌキやハクビシンなど野生のケモノが出没するようになり、栽培するのも大変に。

高校生の頃には、宵闇にまぎれて食べ物探しにやってきたであろう体長1mほどのタヌキと至近距離で遭遇し、その大きさに驚いたことも。

 

なお、奥さん実家の畑でも、野生動物の食害を理由に「トウモロコシの栽培はやめておくこと」と申し渡されている。

昨今の懸案は、やはり「熊」被害。

トウモロコシを育てようとして熊を呼び込んでは元も子もない。

自分が被害を受けるだけでなく、近隣にも大きな迷惑が及ぶことになるので、トウモロコシは「巡り合い→購入」に。

 

<三つ子の魂…ではないけれど>

高校1年生の半ばくらいまでは、必ずしも丈夫でたくましいとは言いきれなかった日々。

振り返れば、家で過ごす時間が多い中、新聞や本に気持ちを向けられたのは、良い軌道修正だったかも。

また、日常の端々で耳に入る親や地域の人たちのおしゃべりが、部分的ではありながら、記憶に引っかかっているのは、まさに「タナボタ」といえるかも。

野菜作りや食の面での工夫に限らず、原稿創作のタネや講座の中にはさむエピソードなどを思い描く際、風化しそうな記憶が交錯している状況から拾い上げているとはいえ、「あの頃のよもやま話が、こんなふうに形となる機会が訪れるのか」といった「縁」みたいなものに思い至ることも。

 

【夏休みのイメージ~あまりにノスタルジックかも~】

 

<大人で良かったと…>

「人の体は食でできている」とは、誰かは思い出せないものの、有名な人のセリフだったような。

いつの間にか高齢を迎えているが、辛みの効いた夏大根をはじめ、キュウリやオクラ、トマトなど、夏野菜の素材感は暑さに耐えている身には、とてもありがたい。

大根の千切りや葉の部分のいためものなどは、あっという間に作っては消えていくのが通例。工夫をしつつ用意する野菜主体の食事が体を癒してくれているのだろうと、収穫に感謝するばかり。

 

【大根とキュウリの和え物~素材のさっぱり感は、自産自消ならでは~】

【紫蘇の葉のみそ巻き~庭に自生する青紫蘇(大葉)も食用に~】

 

採りたての食材を使い、地域で受け継がれてきたメニューや家族の中で引き継いできた生活の知恵のようなレシピで仕上げ、なおかつ、作りたてをいただく、本稿の通しテーマ「自産自消」が「贅沢」と思う、いつもどおりの普段着の生活。

奥さんと2人、採りたて&作り立ての副食を口に運ぶたびに、今さらではありながら「このごろ、美味しさがだいぶ分かってきたな~」と、声を掛け合いつつしみじみしてはいるものの、毎度のことながら年齢の割にはちょっと食べ過ぎかも…。

1998年7月撮影(登米市石越町南郷字高森地内)