登米に暮らす
先人の曰く「秋は夕暮れ」~登米地方の手仕事 自産自消を楽しむTome暮らし⑭~
Studio.K先生の寄稿です。
2026年は「猛暑」を意識することが例年よりも少なかった印象ではあるものの、9月までは冷房のお世話になる日が多かったはず。
10月に入ってからは昼夜の寒暖差が大きくなり、深まりゆく秋の歩みを実感する日々。
いつの間にか薄暮の時間が早まり、まさに「つるべ落とし」のように夕日が山の端へと…。
仕事帰りには奥さんの実家の畑に立ち寄り、野菜の育ち具合を確かめるのがマイ・ルーティーン。
夕刻、稲刈りが進む田んぼの中を車で走っていると、わずかに残照を残す夕日を追いかけるように、細い三日月が西の空へと傾いていくタイミングで空を見上げる日も。
フロントガラスいっぱいに広がる登米地方らしい夕景に、幸運・眼福を思うばかり。
<歴史に残る随筆にあたれば…>
日本三大随筆の一つ「枕草子」の完成は、今から千年以上前、時は平安時代のこと。
作者である清少納言の洗練された感性&シャープな観察眼でキャッチされたテーマ、軽妙な言葉選びや筆運び、簡潔な文章で読みやすい構成など、時代の変遷を感じさせない質感。
その「第一段」は、広く世に知られる「春は、あけぼの」で始まるショート・ストーリー。
多くの日本人が時代を超えて見つめてきた「四季それぞれの季節感」が、とても簡潔に表現されている。
清少納言の曰く、今頃の季節を評しての書き出しは「秋は夕暮れ」で。続く文章は、登米地方の夕暮れにも大いに通じる内容。都合のいいように自己流の解釈を述べれば「夕日を受けて山々の稜線がずいぶんと近く感じる。カラスが数羽ずつ、急いで巣に戻ろうと飛ぶ姿は、とても感傷的。
まして、雁が列を成して飛ぶ姿が小さく見えるのは、しみじみと風情を感じる。夕日がすっかり沈んで暗くなりかけた時間帯、聞こえてくる風の音や虫の声は、言葉にできないほどステキ」というような内容で、当時の言葉がさらに読後感をアップさせるよう。
まずは「飛び急ぐカラスたち」で、次に「並んで飛んでいく雁の一団」、そして「宵闇の直前に響く風の音や虫の声」と、これらをもって「秋は夕暮れ」が素晴らしいとのこと。
この地で暮らし、写真を撮ったり文章を書いたりしている身には、まさにイメージが目の前のシーンとオーバーラップして心に響く。

「まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし」(原文より)
→枕草子のイメージカットにならないかなと…
<秋は「食に関心が向かう季節」で>
秋は別に「文化の秋」「芸術の秋」「スポーツの秋」など、さまざまに呼ばれますが、「自産自消」を掲げる身からすれば「食に関心が向きやすい季節」が秋かと。呼ばれ馴染んでいる「食欲の秋」を回避しているのは、「食べてみたいもの」を「夏の終わりから秋の初めまで」に「種をまいたり、苗を植えたり」に勤しむ時間が休日の大半になることから。
<2026秋シーズンの畑から>
以前の稿でも述べたように、畑作の基本に沿った野菜作りには、知識も経験も遠く及ばない身なれば、どうしても「食べてみたいもの」を選ぶことに。
2026秋&初冬の収穫シーズンに向けて何をしてきたかといえば、秋採りの短く育つ大根・小さいカブ・小さめながら早く育つ白菜・小松菜・キャベツや芽キャベツ・紫キャベツといったラインナップ。
その上で、春まきの野菜種の残りを活用すべく、夏採りのミニ大根・つるなしインゲン・枝豆もまいてみた。

小さく早く育つ系の白菜に初挑戦、早い成長は安心でありがたい
さらには、夏から持ち越しの「キュウリ・ナス・ピーマン・ミニトマト・オクラ・スティックブロッコリー・坊ちゃんカボチャ」が、10月に入っても実りを届けてくれているので、全般的に野菜の高値傾向が続く中、菜食系のわが家としてはとてもありがたい状況。
なお、来年の収穫に向けて、タマネギ苗の作付けも、週間予報で晴れ間をみながら済ませられたのは、夏から秋にかけて雨模様が続いた天候を思えば幸運でしかない。
<食感の違いにびっくり!も>
今回、収穫後の食感の違いを実感したのが、大根。
畑の畝たてが省力化できるように、一般的なフルサイズほどは長くならないという「かわいい大根」や「ミニ大根」といったようなネーミングの種類を選択。昨秋に初めて育てることにし、今年の春まき分を経て、この秋の収穫が3シーズン目を迎えたもの。昨秋から今春までは、一般的な「フルサイズ」のミニ版といった外観で、食べてみれば辛みとしゃきしゃき感が特徴のよう。
煮物やタクアン、せん切りにしてのゴマドレ和えなど、食べ方も一般的に。
今回は、これまでと違うネーミングの種を選んだが、いずれ「大根は大根」だろうと。
大きくなりがけくらいから、葉が「幅広で長めかも」という印象。先日、大きいものからいくつか収穫し、いただいてみた。

今シーズンの「ミニ大根」、葉の形が特徴か
まずは、煮物から。
おでんのようなイメージで、2cm幅くらいの輪切りにし、シイタケ&こんにゃくと合わせ、「人は登米のだし」のだし汁で煮込み。ほとんど煮崩れしていないのに、口の中でほろほろとほどけていくような食感。
これが、二度三度と温めなおしても、外観&食感は変わらず、こんな旨い大根もあるのかという味わい。わが家で定番のらっきょう酢での「千枚漬け」にもしてみたが、こちらは煮物と同じものとは思えないほどパリパリとした歯ごたえで、この感じは漬けてから3日ほど経過しても同じレベル。せん切りでゴマドレ和えにしても、以下同文。
これまでの「ミニ大根」との違いはもとより、同じもので「生食」と「加熱」とでの食感の違いに驚くやら、感心するやら…。

短くてもコロッと太めのミニ大根、煮物でいただき!
<食べたい!気持ちで自産に向き合う>
畑のそばを通りかかる人からは、「いろんなものを育ててるんだね」と声をかけられることが多い。
「あれもこれもと植えている割に、どれも十分な収穫に結びつかなさそう」と思われないよう、「ありがとうございます」とだけ答えつつ、声掛けいただいたことを励みにしている。
また、写真に雑文を添えてSNSで公開したり、登米懐古館の企画展に展示品紹介動画を制作・提供したりしていることもあってか、休日のほとんどを「畑にしゃがみこんで」とか「草刈り機をかついで」とかはイメージしにくいらしい。
それほど広いとは言えない畑ではあっても、そこから何種類も季節ごとの野菜を収穫している生活は、今の時代、十分にイケテルような…。
「種から芽が出ない」とか「たびたび苗が枯れる」などの失敗も数多く重ねているが、結局は自分一人の手作業であり、販売~収益が目的ではないから、いろんなダメージを受けても続けられるのかと。
採りたて野菜の美味しさは、どれだけ失敗しても自分にとっては代えがたい。「食べたい気持ち」を支えに、「美味しい」という家族の声を目標に、何を食べようかと思いを巡らしつつ、いろんな種類の野菜を育てていきたいもの。

夕焼けも日暮れて淡くなり
~登米市迫町北方字小田前付近の市道から、オランダ風車を望む~