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登米グルメ「油麩丼」おいしい今昔

2000年代後半、ご当地B級グルメが各地で人気を博した頃、宮城県登米市でも一躍脚光を浴びた料理があります。その名も「油麩丼(どんぶり)」は、登米で昔から作られている、油麩を甘じょっぱいたれで煮て卵とじにした親子丼のような料理。

名前を聞いたことがある方、もう食べたことがある方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

なぜ「油麩丼」が生まれたのか、どのようにして人気を博したのか。「油麩丼」の今と昔をたどっていきます。

はじまりは登米の家庭料理だった

「小さい頃、食卓には油麩がよく登場していました」そう仰るのは、登米で最も歴史の古い味噌屋「海老喜」の8代目・海老名康和さん。

「味噌汁の具としてはもちろん、夏場になると“ナス炒り”といって、余るほど採れたナスと油麩を炒めたものもよく並びました。」

元々、夏の時期にしか作られなかったという油麩、今は地元の10軒の製造業者によってオールシーズン作られていて、中には、昔ながらの手作りを続けている業者もあります。

「油麩丼」をご当地グルメに

今でこそ、登米町(とよままち)の観光物産センター「遠山之里」に油麩コーナーができていますが、今から30〜40年前、油麩を地元の特産品にしようと町が売り出そうとするも、鳴かず飛ばずに終わります。家庭では当たり前のように使われていた油麩をはじめてお客さんに提供したのは、「海老喜」の隣の旅館「海老紋」。親子丼のお肉の代わりに油麩を使ったメニューが元祖「油麩丼」ですが、この時もヒットというにはまだ遠いという現実が。

2008年、とある夜の飲みの席で、商工会青年部のメンバー数人と海老名さんは、油麩丼の話に。「これ、ご当地グルメにできないかな?」

売り出す、とか、流行らせる、ということ以前に、「何だか絶対面白くなる!」そんな予感から立ち上げたのが「油麩丼の会」。メンバーは、発足時も今も変わらず7人。看板屋、清掃業、コンビニ経営……職業は全員ばらばらです。

想いを持ってはじめた会でしたが、正直何からすればいいか分からなかったという海老名さん。そんな時、思わぬ救世主と繋がることになります。

脳トレ・川島隆太は「油麩丼」がお好き!?

「東北大学の川島隆太先生が『油麩丼』好きらしい、ということを風の噂で聞いたんです。これは、ぜひご本人と会って話がしたいと思って、手紙を書きました。」

想いが実り、川島教授に会えることになった海老名さんは、「油麩丼」の魅力を熱く語りました。実際、教授の「油麩丼」好きの噂はあくまで噂だったそうですが、これが思わぬ方向に転び出します。

「油麩丼は脳に良い、そんな話になるのかな、と思いきや、川島先生は一切食材や脳の話をされなかったんですよね。『油麩丼のロゴマークを作りましょう。名刺も欲しいですね。ホームページはありますか?』油麩丼を広めたくても、広める道具がなかった私たちに、道筋を示してくれました。」


脳トレの川島隆太先生のアドバイスで作った「油麩丼マップ」。中央の地図は海老名さんの手描き

晴れて川島教授も「油麩丼の会」の名誉会員になってくれたところで、反響が出始めます。ホームページには問い合わせが来るようになり、大手企業からもご当地料理としてPRしたい、と声がかかるまでになりました。

「B-1グランプリ」で不動の地位

「油麩丼」の名を全国に知らしめたのは、ご当地グルメを競う「B1グランプリ」。当時、このグランプリへのエントリーは全国でも100件を超えていたといいます。「油麩丼」は、宮城で初めて選ばれたご当地グルメ。イベント出店などでじわじわと人気を広げていきます。

「一時期は、頻繁にテレビの取材がありました。取材に合わせてのぼりを作ったり、急遽、油麩丼の歌を作ったりもしました。」と海老名さん。飲食店側も、「油麩丼」を提供するお店が増ました。乾物の油麩は保存もきき、材料や調理法もシンプルだったことから、取り入れやすいことが勝因だったようです。

「油麩丼」のこれから

メディアで「油麩丼」が幾度も取り上げられた効果もあって、一時は観光客であふれた登米町。しかし、客足は東日本大震災で激減。令和の時代の「油麩丼」はどうなっていくのでしょうか。

「実は、『油麩丼』を提供するお店は増え続けています。2020年1月現在で、登米市内の40店舗の飲食店が『油麩丼』を出していて、それぞれに工夫を凝らしています。」

油麩を溶き卵でとじた元祖「油麩丼」をはじめ、最近では溶き卵をあんかけにし、温泉卵を落としたニュータイプも出現。定番を食べたことがある人も、新しい味を開拓する楽しさもありそうです。

「12年前、『油麩丼の会』としてずっと動いてきたけれど、全く無理をしていません。それぞれのお店や町の人たちが少しずつ広めていってくれました。これからも、少しずつ、無理をせず、続けていきたいと思っています。」

口に含むと油麩に染みた甘じょっぱいたれの味が懐かしい。そう感じるこの料理のルーツは、登米の家庭料理にあったから。

町の人の人情で広めた「油麩丼」。本場の味を登米でご賞味あれ。

元祖「油麩丼」を出しているのは、旅館「海老紋」の食堂「味処もん」。ふわとろ卵にジューシーな油麩が癖になる
天保4年創業「海老喜」の店舗の並びには、当時の蔵を生かした資料館やギャラリーが。建物は国の登録有形文化財に指定されている。「油麩丼」を食べがてら立ち寄ってみては
油麩の種類も様々。パッケージもレトロで様々なので、ジャケ買いもありかも!?

「油麩丼の会」

http://www.aburafudon.com/group.html

「創業天保四年 海老喜」

住所 〒987-0702 宮城県登米市登米町寺池三日町22

電話 0120-2015-77

メールアドレス info@ebiki.com

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